年俸120円Jリーガー!安彦考真どんな人?経歴は?|激レアさんを連れてきた。

年俸120円Jリーガー!安彦考真どんな人?経歴は?|激レアさんを連れてきた。

年俸が120円のJリーガーがいるって知ってますか?

J3のY.S.C.C横浜に所属している、FW安彦考真選手(42)です。

 

なぜこの年齢で、しかも年俸120円でJリーガーをしているのか。

今回は「年俸120円Jリーガー!安彦考真どんな人?サッカー経歴は?」についてお届けします。

 

安彦考真どんな人?

まずはプロフィールから紹介しますね。

名前 安彦孝真(あびこ・たかまさ)
生年月日 1978年2月10日
出身地 神奈川県相模原市
身長 175㎝
体重 74kg

 

ご自身でが取り上げられた記事をTwitterで紹介されています。

 

 

安彦考真の経歴は?

サッカーは幼稚園から始めたそうです。

どのような経歴で、Jリーガーになったのでしょう。

 

私立高校進学叶わずブラジル留学を決意

高校入学の際、麻布大学附属渕野辺高校(現・麻布大学附属高等学校)のサッカーテストに合格するも、偏差値の問題で進学できず、新磯高校(現・相模原青陵高等学校)に入ることに。

 

渕野辺高校に進学できないと分かった時点で、ブラジルに行くことを考えていたそうです。

そのきっかけとなったのが、三浦知良さん。

三浦知良さんが高校1年でブラジルに渡り、プロの道を勝ち取った姿を見て、自分も「逆輸入」でJリーガーになる道を進もうと決意。

 

しかし、高校も卒業していないので親に反対され、新磯高校に入学をすることに。

一旦はブラジル行きは諦めたが、高校のサッカー部の友達がブラジルに行ったという噂を聞き、再びブラジル行きを決意。新聞配達をして渡航費用を集め、ブラジルへ短期留学します。

高校生にしてこの行動力はすごいですよね!

 

ブラジル留学してから

高校3年の途中で、3ヶ月間ブラジルへ留学し、高校卒業のため帰国。

当初1ヶ月の予定でしたが、所属チームにケガ人が出て、監督から「残ってくれないか」と言われたため、両親に相談せずに残ることを決めました。

 

卒業後、日本体育大学の推薦入試を受けるも落ちてしまい大学進学せずに、アルバイトを掛け持ちしながら、高校の後輩を指導しながらサッカーを続けます。

 

その後、もう一度ブラジルに渡り、グレミオ・マリンガというプロチームと契約をします

しかし、リーグ開幕前に前十字靭帯を断裂し、契約を解除されてしまい帰国しました。

もう一歩で、ブラジルでのプロデビューまでいったのにケガに泣かされてしましました。

 

帰国後

帰国後は、ジーコの兄であるエドゥーのもとで、選手兼コーチ兼通訳として働き始めます。

その間に、清水エスパルスやサガン鳥栖の入団テストを受けるも歯が立たず、選手を引退します。

 

大宮アルディージャから通訳のオファーが来て3年間働き、その後は北澤豪さん(元東京ヴェルディ)のもとで「FOOT」というスクールの立ち上げに携わり、北澤さんの個人事務所のマネジメントも行ないながら7年間過ごします。

 

10年間プレーをしていなかったことを後悔し、指導者をしながら社会人リーグに参加して、もう一度プロになるための道を模索します。

 

プロを再び目指すきっかけ

通信制高校の中央高等学院と東京ヴェルディがタッグを組んで、中央高等学院中央アートアカデミー高等部にbiomサッカーコースを作りました。

 

そこでディレクターを務めていたとき、中学3年間は不登校だったものの、サッカーが好きだからという理由で、わざわざ学生寮に入ってまでサッカーコースに来てくれた生徒に出会いました。

ある日、その生徒が1500円の本を買うためにクラウド・ファンディングをやったことを話してくれました。

結果的には300円しか集まらなかったようですが、行動を起こしたことの衝撃がすごく大きくて、その生徒に負けたような気がしたそうです。

そうして過去の自分を思い返していくうちに、またプロになりたいという純粋な気持ちに戻っていきます。

 

プロ契約

まずは、プロを目指すための覚悟を周いに見せるため、仕事を全て辞めます。

その後、かねてより交流のあった人を頼りに、J2水戸ホーリックの練習生として3ヶ月参加して、2018年3月31日に正式契約を結びます。

この時の給料は「月1円」の10ヶ月契約でした。

契約はしましたが、プロはそんなに甘くありませんでした。練習についていくのがやっとで、出場機会を掴むことはできませんでした。

 

そして、2019年にJ3のY.S.C.C.横浜へ完全移籍

旧知の仲だった「横浜スポーツ&カルチャークラブ」のシュタルフ監督に誘ってもらったことも大きな要因でした。

「やっぱり試合に出てなんぼ。見返したいという気持ちも出てきちゃって」

その言葉通り、2019年3月10日に行われた開幕節・ガイナーレ鳥取戦(ニッパツ三ツ沢球技場)に後半37分から出場。

ジーコの持っていたJリーグ最年長初出場記録(40歳2ヶ月13日)を上回る41歳1ヶ月9日でのJリーグデビューを果たしました!

 

2020年もY.S.C.C.横浜に残留したが、契約延長の際に2020年限りで現役を退くことも明らかにしている。

 

まとめ

高校時代から行動力がすごいですよね。

安彦さんは次のようなことも話しています。

「山の頂上に何事もなく登頂できても、誰も喜ばないですよね。紆余曲折があって、やっとの思いで登頂できるからこそ、達成感が生まれるんです。登頂している途中こそが人生で一番輝いている瞬間だと思っています。」

チャレンジ精神、目標へのひたむきさが現れていると思います。

 

J3のシーズンも6月下旬より再開しました。

始まって2試合は出場機会がありませんが、今シーズン限りでの引退も決まっているので、みんなで応援しましょう!

 

本日は、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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